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スマホ説教 スマホで福音

日本キリスト教団王子北教会 http://romantischeironie.wix.com/godisnowhere から福音を発信します。スマートフォンなどの画面でも読めるような、なるべく短い、キリスト教のメッセージを語れたらいいなと思います。

「あなたと飲み食いしたい人がいる」と、悪霊憑きは言う

聖書 マタイによる福音書11章18-19節(新共同訳)

11:18 ヨハネが来て、食べも飲みもしないでいると、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、19 人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。しかし、知恵の正しさは、その働きによって証明される。

当時の人々は、「人の子」という言葉に天的な存在者、神と特別な関係にある何者かを期待しました。

しかし悪霊憑きだと陰口されるヨハネが、イエスの到来を預言しました。そしてイエスは神聖な姿ではなく、罪人の仲間として自分をさらしました。

あなたの神は、あなたから遠い神ではありません。イエスはあなたと一緒に飲み食いしたがっている。あなたと同じ孤独を、人の子も生きているから。

「間違えよう」と決意する人はいない。

聖書 イザヤ書59章12節(新共同訳)

59:12 御前に、わたしたちの背きの罪は重く/わたしたち自身の罪が不利な証言をする。背きの罪はわたしたちと共にあり/わたしたちは自分の咎を知っている。

それが間違いであることを知っている。それが悪いことだと分かっている。でも、げんにそれをしてしまう。なぜなのか。どこで間違えたのか。

「よし、間違えよう」。そんな言葉はありません。いつの間にか道を誤る。なぜか軌道修正できない。ますます負の連鎖に落ち込む。この苦しい現実を、聖書では罪と呼びます。

イエス・キリストは、わたしやあなたが間違い、迷ったら、一緒に道を探してくれる。自力ではどうにもならない迷いから、自由へと解放してくれるのです。

鍛金

聖書 イザヤ書2章4節(新共同訳)

主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。

剣を捨て鋤を手に入れるのではなく。剣を打ち直す。

剣は未だ鋤にならず───打ち直す。戦うことを我慢して───打ち直す。戦うことなど学びもせず───打ち直す。目の前の鉄を、ただ黙々と打ち直す。目の前のおのれを、ただ黙々と打ち直す。

ただ槌を打ちこむ喜び。そんな日は来るのか。来る。この大それた願いに本気になって、神はその御子を地に送る。神の子は鉄粉まみれ、人まみれとなる。

血のかよう天

聖書 マタイによる福音書25章40節(新共同訳)

はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。

わたしはときどき、ひとりになりたい。

ひとりになっても、どのみち悩む。わたしは祈る ─── キリストなら、あなたにどうするだろう。キリストなら、わたしにどうしてほしいだろう ─── わたしを見つめるあなたの顔が、キリストに似てくる。あなたを見つめるわたしの顔は、誰に似ている?

 

成全

マタイによる福音書5章45節、48節(新共同訳)

あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。

だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。

悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる神を、聖書では完全といいます。

あなたの周りだけ真っ暗なら、それは太陽ではない。雨がわたしだけよけて降るなら、それは雨ではない。

太陽の完全、雨の完全。雨に濡れる者どうし、光を浴びる者どうし、あなたも完全。わたしも完全。みんな、神の完全。

わたしの生きる根っこだから

聖書 コリントの信徒への手紙 一 15章14節,19節(新共同訳)

そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。

この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。

生き抜いたあの人と、もういちど会える。それは死から起き上がったキリスト自身が、わたしたちに身をもって約束してくれたこと。

愛する人を喪い、声をあげるだけあげて、涙を流すだけ流しきる。何年かかってもいい。

おぼろげに見えてくるでしょう。愛するあの人と、もういちど会える。キリストのもとで、いつの日か。

わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。(同13章12節a)

 

祈りの安心

聖書 詩編51篇6節、9節(新共同訳)

あなたに、あなたのみにわたしは罪を犯し/御目に悪事と見られることをしました。あなたの言われることは正しく/あなたの裁きに誤りはありません。

ヒソプの枝でわたしの罪を払ってください/わたしが清くなるように。わたしを洗ってください/雪よりも白くなるように。

「あなたに、あなたのみに」わたしは罪を犯した。

「あなたに、あなたのみに」の正反対は「わたしが、わたしだけが」。肥大化する自我を抱え込み、それをだれかに譲ることもできず。

息も詰まりそうな日々を生きる、わたし。

でも、祈るときは。わたしのぜんぶ、ただあなたに、あなたのみに明け渡して。わたしの自信/自身、真っ白になってもいい。意地の張りあい、将来への不安。なにもかもから自由になれる。

祈り終われば。にぎりしめたこぶし、すこしゆるめられる。にぎりしめたもの、すこしてばなせる。